自由とは何か??

四ツ谷祥 LINE
自由 四ツ谷祥
画像:http://free-photos.gatag.net/

自由と言えば、

尾崎豊だろう。

 

 

・・・と言うのは、

数年前の話

 

 

最近の若者が

尾崎豊に共感しなくなった

という記事を

日経トレンディネットで見つけた。

 

 

記事によると、

尾崎世代は、

学校で教師や校則に縛られていて

 

早くそこから抜け出したいと思って

自由を求めていたそうだ。

 

 

確かに、自由の定義は

時代によって変わってくる。

 

 

しかし、現代でも自由を求める人は

多いだろう。

 

 

尾崎豊流の自由ではなく、

現代人はどのような

自由を求めているのだろう?

 

 

時代の変化のひとつには、

情報がいつでも誰でも

取得出来るようになったことだ。

 

 

僕が小学生だった頃は

インターネットなんて無かったので、

 

情報は、新聞やテレビ、

そして、友達のウワサ話だった。

 

小学校中学年の頃に、

たまごっち

が流行った。

 

テレビでは、たまごっちの

転売業者が

夜遅くに公園でたまごっちを

1個1万円で販売している。

 

なんてニュースが

取り上げられて、

 

僕達の間でも、

「日曜日にトイ◯らスでたまごっちが限定発売になるらしい」

 

という噂を信じて、

朝早くから、トイ◯らスに並んだ

記憶がある。

 

現代ではどうだろうか?

 

欲しいものがあれば、

スマホで調べて、

下手すれば、その場で注文。

 

そして、その日のうちに

自宅へ届いたりする。

 

便利な世の中になったなぁ〜

 

なんて、つくづく思う。

 

 

ちょっと難しい言い方をすると、

 

昔は、情報は

受動的

選択肢は少なかった。

 

 

現代では、

逆に情報は自ら取りに行かなくては

いけなくなった。

つまり、主体的だ。

 

調べたいものを、

瞬時に取れることは便利な半面、

 

欲しい情報が決まっていないと、

周りの情報に左右されてしまい、

いつの間にか、

ぜんぜん違う情報に流されていたりする。

 

 

僕もYouTubeを見ていると、

いつの間にか、

全然違う動画を見て、

夜更かししてしまったり。笑

 

 

話がそれてしまいそうなので、

元に戻すと、

 

現代の自由とはつまり、

主体性が必須だ。

 

今までは、

ある程度制限された中から、

抜け出したい。

 

そんな自由を求めていたが、

 

現代は十分与えられた中から、

自らの目的を持って、

情報を選択していく

 

そんな自由の形

憧れられているように感じる。

 

つまり、

自分のやりたいことを明確に、

 

そして、

そのやりたいことを

実践している人こそ、

自由とみなされる

のではないだろうか。

 

自ら選択する自由。

 

そんな自由の形を求めていこう。